2011年8月5日金曜日

TZR250のタイヤを交換(バトラックスBT-39 )


ようやくTZR(1KT)のタイヤを交換した。
今回はバイクでは初めてブリジストンのタイヤを履く。
選んだのはバイアスタイヤのバトラックスBT-39。
今までダンロップのTZR純正→ヨコハマ・プロファイヤー→ダンロップ・アロウマックスと履き替えて、
ようやくブリジストンへとたどり着いた。
聞くところによると、ダンロップよりは重い乗り味だとのこと。
私は走り屋ではないからそこまで感じ取ることができるか?

写真を見て分かる通り、タイヤのショルダーの部分は全く減っていない(走り屋でない証)。
ランニングシューズの底の減り方を見られるのと同じで少し恥ずかしい感じだ。
溝はまだ残っているが、実はこのタイヤは古い。
よく見るとヒビが入り始めているのだ。
バイクにあまり乗っていない証拠なので、古いタイヤの写真を見られるのは恥ずかしい。
交換は行きつけのバイク屋で。
店長兼メカニックが陸上部の先輩なのだ(本人は店長じゃなくずっとメカニックをやっていたい様子)。
ピットにて交換作業をずっと見ていたが、今履いているタイヤがカチカチだと言われてしまった。
ゴムの弾性が全然ないぞ、とのこと。
そりゃもう7~8年前に替えて以来だからなあ。
タイヤ交換の作業中はピットで先輩と話をしたり、いろいろ見てまわったり。
そんな中でRZを発見!
他のメカニックさんがボロいRZを貰ってきたので修理して乗れるようにしている最中とのこと。
よく見るとオーリンズのサスが付いたりしている。
どうなるか楽しみ~。
さて、タイヤ交換後早速100kmほど走ってみる。
違いは・・・前のタイヤより何となく食いつきがイイ感じがするというところか。
普通の街乗りだからそれほど大きな差は感じられないが、
グリップはいいように思う。
まだ慣らし運転中だから、もう乗ってから作手などに出かけてみよう。

2011年6月15日水曜日

JADEのオイル交換、TZRのタイヤ選び

JADEのオイル交換をした。
走行距離はそれほど汚れていないが、前回交換してから数年経っているからだ。
オイルも経年劣化するし。
陸上部の先輩が店長をしている店に電話をして混み具合を確認してから出かける。

かつては自分でオイル交換していたが、
廃油や余ったオイルの処理が面倒なので
このごろは先輩の店に持っていくことにしているのだ。

オイル交換してもらったついでに
わがTZRのタイヤ交換についても打合せ。
タイヤのサイズはフロントが100/80-17 52H、リヤが120/80-17 61H。
現在の250ccバイクのタイヤと比べると細めで、しかもレーサーレプリカなのにバイアスタイヤだ。
先輩に聞いてみると、タイヤの選択の余地が無い。
もうこのTZRはかなり古いから、このホイールに合うタイヤが少なくなっているのだ。
かつては横浜プロファイヤーというかなりとがったタイヤ(バンクすると安定するような形)を履いていたが、
横浜はバイク用タイヤから撤退しているから入手不可。
今はダンロップのタイヤを履いているけれど実はあまりお気に入りではない。
ということで、バイクでは初めてのブリジストンのタイヤを履いてみることに。
バトラックス、いかにも走り屋っぽい響きだが、そうでもないタイヤもある。
私が選んだのはBT-39。
これならツーリングでもOKだ。
ということで早速タイヤを注文しておいた。
入荷次第交換だ!

2011年5月22日日曜日

TZRのフロントフォークをオーバーホール

ようやくフロントフォークのオーバーホールをした。
祭で同じ組の若い衆をやっていたメカニックのT.Iと
3月中に修理に出す約束をしていたのだが、
奴は3月6日に事故で夭逝してしまったために今月まで修理に出せなかったのだ。
4月になって店へ確認したところ、
「Iがたくさん仕事残していったから、それを片付けたら連絡する」と店長から言われた。
店長は陸上部の先輩だから話が早い。
そして、5月の祭で店長と会ったときに「もういつ出してもらってもいいぞ」と言われたので
早速持っていった。

すでに必要と思われるパーツは発注しておいてくれたらしく
2~3日で完成する予定だった。
が、かなり古いバイクだけに追加で交換しなければならないパーツが出てきた。
スライドメタルが摩耗していたとか、だ。
それを発注していたので少々時間がかかり、
結局10日くらい後に完成。
連絡貰ってからすぐ取りに行った。

取りに行ったときに、Iが乗っていたRZを見せてもらった。
Iはこのバイクに乗っていて事故に遭い亡くなったのだ。
右側に転倒したらしく、右のクランクケースカバーが壊れていた。
Iが大事にしていたRZだからということで店長が遺族から譲り受け、
今直している最中とのこと。
ケースカバーはもう欠品だから中古を探して取り付けるとか。
あとはヘッドライトや保安部品関係を交換。
ケースカバーが来ないとオイルポンプもつけられない。
ということで、あとしばらくは掛かりそうだ。
復活したらIもあの世で喜ぶだろう。

2011年4月4日月曜日

ライディンググローブを新調!

新しくグローブを購入した。
以前使っていたものはかなり古くてもうボロボロだったからだ。
私はいつもバイクグッズは南海部品へ買いに行っているが、
最寄の名古屋東店(野並)は無くなってしまった。
だからやむを得ず鶴舞の店へ行く。
バイク人気がまだかなり盛り上がっていた頃は店の前に客のバイクがずらりと並んでいたが、
今はそういうことも少なくなった。
それだけバイク人口・カスタマイズ人口が減っているということだが、
近隣の地域にライバル店がいくつもできたという理由もある。
グローブ・・・最近のは以前のものと随分材質や形が違うんだな。
いろいろチェックしてこれを購入。多少型落ちでも性能が良ければよい。
黒のグルーブは初めてだ。
今まではずっとヤマハのワークスカラー系のグローブばかりだったからだ。
ま、イイ歳だし、ちょっと地味系でもいいかな。

2011年3月12日土曜日

親しかったメカニックの死

本日の日記はもう一つのブログに書きました。
よろしければご覧ください。
下記が記事へのリンクになっています。




よろしくお願いいたします。

2010年10月2日土曜日

雑誌に私の写真が掲載された


8月28日(土)にヤマハ発動機の本社(静岡県磐田市)で開催された「RZ30周年記念ミーティング」に行ってきたことは既に日記に書いた。

http://densetsuno-rider.blogspot.com/2010/08/rz30.html

で、その日に雑誌の取材があり、全員写真を撮ってくれて、
このミーティングのことは記事にするよと言われていた。
が、発売された雑誌の記事を見てビックリ。
私はこのミーティングを主催した会のメンバーではないのに
結構いい場所に写真が掲載されていたからだ。
どうしてだろうか?? う~ん疑問だ。

この雑誌とは「ロードライダー」というバイク誌。
現在発売中の11月号(9月24日発売分)に上記の記事が掲載されている。
私は普段はバイク誌は読まないのだが、
今回は自分の写真も載ってるし買うことにした。
私はバイクが好きだが2ストロークエンジンのバイクが好きで、
今の主流である大排気量4ストロークエンジンのバイクにはあまり関心がない。
世界的な自主規制の流れで2ストロークエンジンのバイクは生産されなくなってしまったので、
2ストバイクが雑誌の記事になることはほとんどない。
だから、バイク雑誌は読まないのだ。
申し訳ないけれど、
今回買った11月号の他の記事はあまり面白くなかった。
特集記事はGPZ(ニンジャ)で、他のページも4ストロークバイク中心の構成。
しかも、大型免許が必要な大排気量車がメインだ(私は中型免許所持)。
もっとも、この雑誌は大排気量のバイクオーナー向けなのかも。
それはともかくとして、
2ストエンジンよ、このまま滅亡してしまうのか?
何とか復活して欲しい!
今後のReizさんたちの活動に注目したい。

2010年9月7日火曜日

リベンジ!作手

少し前のことだが、また作手ツーリングに行って来た。
前回は雨にたたられて途中で引き返したので、
今回はある意味リベンジ。

今回も前回と同じルートを通って作手に向かう。
作手へのルートの中で、
以前より安城市内の車の通行量が増えたのでとても疲れる。
道路工事をやっている影響かもしれない。
岡崎で国道1号線を横断すると交通量がグッと減る。
ここからが快適な道だ。
前回と同様に茅原沢から作手街道に入り、
桜形~水別は県道35号線を通る。
地図を見ると県道35号線は「主要地方道」となっているが、
狭くて車がすれ違えない場所がたくさんあるのに「主要」?と思ってしまう。
でも、徐々に拡幅工事がなされていて、
以前のような林道の雰囲気が無くなってしまうのかと思うと少し寂しい気もする。
走っていくと徐々に標高が上がるので、
気圧の変わり目で耳がポーっとなる。
コーナーがキツイ狭い道が続くから低いギヤで低速で走る。
そのため、標高が上がるにつれて気温が低くなっていくのに水温計は上がりっぱなし。
作手に入り、取りあえず本宮山スカイラインを目指す。

本宮山は標高789mで、作手の町より300m近く高い。
だから、岡崎~作手の温度差も結構あったが更に涼しい。
作手の町では晴れていたのに山頂付近は曇っていた。
この道は以前は有料だったが、 いつの間にか無料になっていた。
私が作手のキャンプ場でバイトしていた頃はまだモータースポーツが隆盛を極めていた時代で、
この道を何故かレーサーのTZ50(一般公道を走れないナンバーの無いバイク)が走っているのを目撃したことがあった(白バイがいることを目撃したこともあった)。
ただ、街から随分と離れた場所にあるドライブウェイなので道はかなり空いている。
そこが三ヶ根山とか三河湾スカイラインとは違うところか。
今回10年ぶりくらいに走ってみて昔のイメージとダブらせてみる。
私は随分と歳を取ったが景色は意外と変わらない。
ま、ちっぽけな人間と大自然を比べたらいけないのだろう。
本宮山スカイラインは結婚前に奥さんとも来たことがある。
奥さんはそのときはGSX-R250なんていうのに乗っていたな。
で、一緒に写真を撮った場所に行ってみると・・・石碑が無い!
以前、当時愛知県知事だった桑原幹根氏が書いた本宮山スカイラインの文字が書いてある石碑があったのだが、
いつの間にか撤去されていた。
無料化になってからだろうか。
おそらく、石碑のあった場所が砥鹿神社奥宮の土地だからだろう。
よく見たらトイレも撤去されていた。
山頂付近の駐車場は今では「砥鹿神社の駐車場」となっていて15時半で閉鎖するとか・・・。
また、山頂にあった展望施設も閉鎖されていた。
残念。

本宮山を下り、作手の中心部に向かう。
その前に、かつて走り屋が多数押し寄せていたと言われる国道301号の新城寄りの道を確認。
深夜の時間帯(22時~6時)にUターン禁止だと書いてある道路標識が多数新設されているから
相変わらず走り屋が来ているのだろう。
この道は斜度もRもキツイから危険なのに。
困ったものだ。
この道は国道だけどヘアピンカーブの連続の道で、
以前はカーブに入る手前にカーブの形状やR(半径)、斜度などが書いてある看板が設置してあった。
某走り屋の友人はそれを見て、
「こんな看板を立てるから余計に燃えるんだてー!」と言っていたが・・・。
そんな奴も今はロンドンにいる。元気にしているかな?
その看板を見てから20年・・・ 果たして、1つだけまだ残っていた。
かなり色あせているが、 走り屋が見たら燃えそうな看板だ。
ただ、一般の人には理解できない境地だ(私も走り屋ではないから・・・)。


 作手の中心部(高里)に戻ってきたら、
いつも行っていた喫茶店が閉鎖されているのを見つけた。
昔は気の利いた店はココくらいだったんだが・・・。
諸行無常だ。

 道の駅で休憩したあと、
バイトしていた地区へと向かう。
まだバイト先のキャンプ場は健在だった。
キャンプ場へは入らず、そのまま三河湖方面へ向かう。
ここも林道のような狭い道で薄暗い。
三河湖はダム湖だ。
景色がよいのでちょっと写真を撮ってみる。
その後少しバイクを走らせると飲食店などが何軒道沿いに現れる。
その中で、店先の駐車場に檻を置いていて、中で猪を飼っている店があった。
近づいてみると、犬のように人懐っこくこちらへ寄ってきた。
とてもかわいらしいが、
この猪は多分猪鍋にされてしまうのだろうと思うとせつない。  
 そうこうしているうちに、時間が無くなって来た。
早く帰らねば。
時間が遅くなると山道は薄暗くて危険な上に、
街へ出たら通勤者の帰宅時間帯と重なって道路が混むからだ。
結構時間を取ったつもりだったが、
いろんなとこへ寄り道していたので鳴沢の滝へは行けなかった。
また次回だな。